バイデン政権「アフガン駐留米軍撤退」を決めた国際政治上の計算とは?

コラム
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4月14日、バイデン大統領は、今年の9月11日までにアフガニスタンから米軍を全面撤退させることを正式に発表しました。4月25日から早速米軍のアフガンからの撤退オペレーションが始まりました。

米軍が撤退してしまえば、アフガニスタンの治安悪化を止められなくなるのではないか、タリバンやアルカイダがまた同国を支配してしまうのではないか、アフガニスタンが再びテロの温床になってしまうのではないか、などなど様々な懸念が報じられておりますが、今回はバイデン政権が全面撤退を決定した背景について考えてみたいと思います。

そもそもトランプ前政権が昨年2月にタリバンと結んだ和平合意により、米軍の撤退期限は4月末になっていました。この和平合意をタリバン側がすべて履行しているわけではないので、米国もこの合意を履行する義務はない、と主張することは可能でした。

しかし、その場合、タリバン側が米国の合意違反を理由に米軍に対する攻撃を再開させる可能性がかなり高いと考えられ、5月1日以降も米軍が駐留を続けた場合には、タリバンとの軍事衝突は避けられないとバイデン政権は考えたようです。

そうなれば、アフガニスタンからの米軍撤退はさらに遠のいてしまいますし、インド太平洋に兵力を振り向けるという同政権の目標も先延ばしになってしまう可能性がありました。

バイデン大統領は、撤退を正式に発表したスピーチの中で、米軍撤退について次のようなロジックを使って説明しています。

  1. そもそも2001年にアフガンに侵攻したのは、米国を攻撃したテロリストたちを打倒し、彼らが再びアフガニスタンを拠点に米国にテロを仕掛けるようなことが出来ないようにすることだった。
  2. すでにアルカイダは勢力として弱体化し、オサマ・ビンラーディンも殺害した。テロの脅威は残るが、テロ組織はすでに世界各地に拠点を移しており、米国にとっての直接的な脅威という点では、アフガンに残っているアルカイダよりもむしろ他の地域のテロ組織の脅威の方が大きい。こうした状況でアフガニスタンだけに米軍部隊を長期駐留させておくのは合理的ではない。
  3. すでにアフガニスタンにおける対テロ作戦の95%はアフガン治安部隊が行っている。まだ状況は不安定だが、では米軍撤収に適した条件とは何か?いつなら最適のタイミングなのか?今撤退しないならいつなら最適なのか、1年後か、2年後か、10年後か?その問いに対する答えを出せないのであれば撤退させるべきである。

バイデン大統領はまた、「目の前の難題に照準を合わせるべきだ」と指摘し、「中国との厳しい競争に対処するために米国の競争力を強化しなければならない」とも述べています。アフガニスタンへの駐留を続けて莫大な駐留経費をかけるのではなく、中国との覇権闘争に資源を集中させると説明しているのです。

実際に米軍が撤退したらアフガニスタンの治安はどうなるのでしょうか。

米軍はアフガニスタンで、アフガン治安部隊の訓練やタリバンやアルカイダに対する対テロ作戦を行ってきました。特に対テロ任務においては、少人数の米軍特殊部隊のチームを各地のアフガン軍基地に分散させてアフガン陸軍の作戦支援をしていました。

また、こうした対テロ部隊に対するヘリや航空機による航空支援や武装ドローンによる空爆作戦も行っておりましたが、アフガン軍では優秀なパイロットが不足していることから、今後アフガン軍の対テロ作戦に影響が出るのは間違いないと思います。

今後、国際社会がアフガニスタン政府にどれだけの支援を続けるのかにもよりますが、長期的には、米軍の撤退により、アフガニスタン政府は軍隊や警察などの組織を維持・管理することが難しくなり、アフガン軍の対テロ作戦にも大きな支障が出るでしょう。将来的にタリバンが勢力をさらに拡大させ、治安が悪化し、米大使館を撤収せざるを得なくなるような事態になることも、米政府は最悪事態として想定しているようです。

しかし、万が一そうなったとしても、2001年当時のように、アフガニスタンを拠点とするテロリストたちが、米本土で911テロのような計画的・組織的な大規模テロを起こすことは困難だと米政府は冷静に考えています。空港のセキュリティも入国審査も、各国治安機関の監視体制も、当時とは比較にならないほど厳しくなっており、遠く離れたアフガニスタンでいくらテロ組織が勢力を拡大させたとしても、それですぐに米本土を攻撃できるようになるわけではありません。

バイデン政権は、アフガニスタンからの米軍撤退を、大統領の思いつきで決めたわけではありません。実際同政権は、外交・安保チームの総力を挙げてこの問題を徹底的に検討させ、国家安全保障会議(NSC)を何十回も開催してあらゆるリスクを検討させたようです。米ワシントン・ポスト紙が報じたところによれば、NSCの副長官級会議だけで10回以上、大統領抜きの長官級会議だけでも3回以上実施した、というのです。

メディアが報じるような「懸念」はすべて検討済みであり、治安悪化のリスクも織り込み済みの決断だと考えた方がいいでしょう。

米軍撤退によりアフガニスタンが不安定化する可能性はもちろんありますが、そうなって困るのは米国よりもむしろ中国を含めた近隣の国々であり、そうした国々が責任を負えばいいだろう、とバイデン政権は思っているのでしょう。

実際バイデン大統領は、撤退表明をしたスピーチの中で、「我々は他の国々、この地域の国々、とりわけパキスタン、ロシア、中国、インドやトルコにアフガニスタンを支援するためにもっと協力するように呼び掛けます。彼らは皆、アフガニスタンの将来の安定を重要だと考えているだろうから」と述べているのです。

アフガニスタンが内戦状態になり、再びイスラム過激派の巣窟になったら、米国以上に困るのは近隣諸国であり、地続きで過激派の影響を受けて困るのはロシアや中国ではないのか”、とバイデン大統領はほのめかしているのです。

米軍撤退を検討する政策決定の過程でホワイトハウスに提出されたあるインテリジェンス評価によれば、“アフガン近隣諸国は自分たちの利益になるからという理由で米軍のアフガン駐留延長を求めている。米軍がこの地域の安定のために駐留を続け、アジアに振り向けることのできる軍事力をこの地に留めておくことは中国の利益になっている”と指摘されていたといいます。

つまり、バイデン政権は、“アフガンが不安定化し、イスラム過激主義のリスクが拡大したとしても、それは中国やロシアにとってより深刻な脅威になる”と計算しているのです。別の言葉で言い換えるならば、バイデン政権は、“アフガン安定化から手を引くことで、戦略的競争相手である中国やロシアの負担が大きくなればいい”、とさえ考えているのだと思います。

米軍のアフガニスタンからの全面撤退の背景には、このような冷徹な国際政治の計算があるのだと筆者は考えています。今回のバイデン大統領のアフガン撤退発表を聞いて、中国はますます警戒感を強めているものと想像しています。

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