政権発足100日で見えてきたバイデン外交のアプローチ

コラム
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今回は、バイデン政権が発足してから100日間の外交活動を振り返ってみましょう。

バイデン大統領や政権高官たちは、これまでにいくつかの重要な政策演説をしてきましたし、メディアのインタビューで今後の方針を述べ、戦略文書も発表してきました。実際に最初の100日間に政権が行った外交活動をレビューすることで、同政権の外交的アプローチや彼らが繰り出す政策の戦略的な意味について考えてみたいと思います。

バイデン政権の外交アプローチ

ブリンケン米国務長官は、3月3日に行った「米国民のための外交政策」と題した演説で次のように述べました。

「ロシア、イランや北朝鮮もわれわれに深刻な脅威を与えているが、中国がわれわれに突きつける課題はそれらとは全く次元が異なる。(中略)中国は経済力、外交力、軍事力そして技術力の点から、安定的で開かれた国際システムに深刻な脅威を与え、われわれが望むようなルールや価値観や国際関係を弱体化させる可能性のある世界で唯一の国だ」。

最近の米国の政権はほぼすべて、中国のことを、米国に対する脅威と位置づけてきました。近年の米政権の国家安全保障戦略や情報機関が毎年発表している脅威評価をみれば分かると思いますが、「ロシア」、「中国」、「北朝鮮」、「イラン」と「国際テロ組織」の5つが、米国に脅威を与える主要なアクターとして位置づけられてきました。

911同時多発テロ直後は、アルカイダという国際テロ組織が筆頭の脅威と考えられ、イランや北朝鮮より上位にイラクという“ならず者国家”の存在があったのですが、2003年のイラク戦争によりサダム・フセイン政権が打倒されてからは、だいたいこの5大アクターが米国にとっての脅威リストの上位にランクインしています。

しかしバイデン政権は、中国を他とは全く次元の異なる突出した脅威と位置づけており、米国が最優先で取り組まなければならない課題だとしている点が特徴的です。

そして、この優先順位に沿って、“米国が持つ外交・安全保障上のリソースを対中政策に集中させる”というのがバイデン政権のアプローチの一つだと考えられます。

ジョージ・W・ブッシュ政権以来、米国の歴代政権は中国を“戦略的な競争相手”として問題視してきたのですが、本腰を入れて対中政策に集中できなかったのは、米国がアフガニスタンやイラク、シリアなど、特に中東における紛争やテロの問題に忙殺され、予算や軍事力等のリソースをそちらに割かれていたから、という事情がありました。

もう一つのアプローチは、米国単独で中国の脅威に対抗するのではなく、同盟国や友好国と協力して皆で力を合わせるという点です。これは、トランプ前政権が、対中強硬策に打って出たのは良かったものの、極端な単独行動主義のために同盟国や国際機関との関係を悪化させ、その結果中国に有利な国際環境が進行してしまったことを受けています。

しかも、トランプ氏が民主主義の価値や国際法を軽視したことで、自由主義陣営の国々が結束することができず、結果として中国を利することになってしまったとの反省のうえに立っているのです。

バイデン政権は、「安定的で開かれた国際システムに深刻な脅威を与え、われわれが望むようなルールや価値観や国際関係を弱体化させる可能性がある」として、中国を危険視しています。

権威主義的な政治システムの下で法の秩序が維持されず、不公正な貿易や投資慣行が蔓延し、国家が経済活動に介入するのが当たり前になってしまっては困る、だから、民主主義的な価値観とルールの下で政治、経済、社会活動が行われるような世界を維持するために中国と対抗する、とバイデン政権は述べているのです。

要するに、中国式のルールで世界を支配されてしまっては困るので、“西側民主主義諸国がこれまで築き上げてきたルールの世界を維持する、そのために同盟国や友好国と協力して戦う”というのがバイデン政権の外交アプローチだと言っていいでしょう。

発足100日間のバイデン外交

3月12日にバイデン大統領は、日米豪印の4か国の枠組みによる初めての首脳会合に参加。4か国の首脳は、国連海洋法条約を含む国際法をはじめとするルールに基づく海洋秩序への挑戦に対応するため、連携していくことで一致。また経済安全保障をめぐる中国の脅威に対抗するため、スマートフォンや軍用機などハイテク製品の製造に欠かせない重要資源「レアアース(希土類)」の確保で連携することでも合意しました(『共同通信』)。

続いて3月18~19日には、米中外交当局のトップ同士が初の対面での会談を行い、ハイテク分野や貿易問題をめぐり激しい攻防を繰り広げました。

ブリンケン米国務長官は、サイバー攻撃などを念頭に「中国はルールに基づく秩序を脅かしている」と批判し、米企業が不利益を受ける不公正慣行の改善を迫ったようです。また「新疆ウイグル自治区、香港、チベット自治区、台湾、サイバー空間での振る舞いを含む多くの分野で根本的な対立がある。明確かつ直接的に問題提起したが、むきになって反論してきた」と会談後の記者会見で述べていました。

中国とケンカ腰の会談をした後、ブリンケン国務長官は3月23~24日に北大西洋条約機構(NATO)外相理事会に参加。「中国の強圧的行動が国際システムのルールやわれわれが同盟国と共有する価値観を弱体化させようとしている」と述べ、「国際秩序に対する前向きなビジョンを実現するために協力すれば、中国を打ち負かすことができる」と述べて協力を呼びかけたのです。

これを受けて欧州連合(EU)は3月22日、中国の新疆ウイグル自治区で少数民族への深刻な人権侵害が行われているとして、関係者への制裁を決定しました。これは実に30年ぶりのEUによる中国への制裁でした。

また、3月31日にバイデン大統領は8年間で2兆ドル規模のインフラ投資計画を発表。社会基盤整備や製造業の強化を通じて新たな雇用を創出することも狙いですが、バイデン氏は「中国との競争で米国の核心的な力を高める」と述べ、半導体の国内生産支援やAI、クリーンエネルギーなど先端技術の研究開発にも莫大な資金を投入する計画を発表したのです。

また4月14日にはアフガニスタン駐留米軍の全面撤退を正式に発表しましたが、徹底声明の中でバイデン大統領は、「より深刻な脅威や課題に資源や人員を費やすべきだと考えている」と述べました。

4月27日に書いたコラム「バイデン政権『アフガン駐留米軍撤退』を決めた国際政治上の計算とは?」でも触れましたが、バイデン政権は、米軍撤退後のアフガニスタン不安定化のリスクを承知のうえで、中国との競争に集中するために米軍の全面撤退を決意したのでした。

さらにその直前の4月6日には、核合意に復帰するためイランとの間接協議にも乗り出しています。米・イランが核合意に復帰しない限り、イランの更なる核開発を止める手立てはなくなり、結局のところ、米国かイスラエルが軍事的にイランの核施設を破壊するしか方法がなくなってしまいます。

中東で米国が新たな戦争をはじめてしまえば、歴代政権と同じように対中シフトをとれなくなるのは目に見えています。バイデン政権が多少の譲歩をしてでも、イランとの交渉を前進させようとしているのは、中国との覇権闘争に戦力を集中させるためだと考えていいでしょう。

そして4月16日、バイデン大統領は、日本の菅首相と初の対面での首脳会談を実施。日米首脳は共同声明を発表し、インド太平洋地域及び世界の平和と繁栄に対する中国の行動の影響について意見交換するとともに、「経済的なもの及び他の方法による威圧の行使を含む、ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有」し、「南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動への反対を改めて表明」しました。

日米首脳はまた、「日米競争力・強靭性パートナーシップ」を立ち上げ、生命科学及びバイオテクノロジー、AI、量子科学、民生宇宙分野の研究および技術開発における協力を深化させることも発表し、中国への対抗姿勢を鮮明にしたのです。

このようにバイデン政権は発足から100日余りの間、民主主義の基盤を再構築するため、人権侵害やルールに基づかない中国の行動に対抗する同盟国や友好国との関係強化に精力的に動いたと言えるでしょう。

また長期的な中国との先端技術分野における競争力強化のため、国内産業への大規模投資に加え、欧州、日豪印などの同盟国・友好国との協力体制の構築に邁進。さらに中国との競争に資源を集中させるため、アフガンからの米軍撤退を決定し、イランとの核協議を通じた中東の安定化にも積極的に動いたのでした。

国際秩序をめぐる覇権闘争は始まったばかり

バイデン政権における中国との対立は、技術をめぐる競争や貿易戦争という次元の話ではなく、国際秩序をめぐる覇権争いだと理解すべきです。

バイデン政権は、過去の米政権の失敗から学び、民主主義諸国との連携を強化し、自国の経済や民主主義の立て直しに尽力。また、中国との覇権闘争にリソースを集中させるため、他の地域の厄介な問題から手を引き、また複雑な状況を悪化させて新たな紛争に発展させないよう管理・安定化させる外交に取り組んでいると言えるでしょう。

国際秩序をめぐる中国との競争に勝ち、民主主義の価値とルールに基づいた米国主導のリベラルな秩序を維持できるのか。バイデン政権の長い戦いはまだ始まったばかりです。

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