ロシアによるウクライナ侵攻と今後の世界

コラム
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NPO法人海外安全・危機管理の会 代表理事
菅原 出

ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始してから3月6日で10日が経過しましたが、戦争は激しさを増しており、国際情勢を大きく揺さぶっています。プーチン大統領は3月3日にフランスのマクロン大統領と電話会談した際、「目的を達成するまでウクライナでの軍事作戦を続ける」ことを明言したと報じられています。

戦争はそう簡単には終わりそうにありませんが、このロシアによるウクライナ軍事侵攻が、今後の国際秩序にどのような影響を与え、国際関係がどう動く可能性があるのか、今後の展開について考えてみたいと思います。

ロシアの戦争目標

まずは、今回の戦争を開始した側の狙い、すなわちプーチン大統領が戦争を通じて達成しようとしている目標を確認しておきたいと思います。2月24日の開戦を宣言した際の演説で、プーチン大統領は戦争をする理由について、次のように述べていました。

「問題は、ロシアに隣接する領土(ウクライナ)が歴史的にはわれわれの土地であるにもかかわらず、そこで敵対的な“反ロシア”勢力が形成されつつあることだ。外部から完全に支配され、彼らはNATO軍を呼び込み、最先端の武器を入手するためにあらゆることを行っている。

2014年にウクライナでクーデターを起こした勢力が権力を掌握し、装飾的な選挙手続きの助けを借りてそれを維持し、平和的な紛争解決の道を放棄した。私たちは8年間にわたって平和的な政治的手段によって状況を解決するために可能な限りのことを行ってきたが、すべては無駄だった。

主要なNATO諸国は、自分たちの目標を達成するために、ウクライナの極右ナショナリストとネオナチを支援している。彼らはロシアとの統合を自由意志で選択したクリミアやセヴァストポリの人々を決して許さない連中である」。

プーチン大統領はこのように述べており、現在ウクライナで政権についている人々が、2014年以来権力を掌握してドンバス問題の解決を拒否し、NATO加盟を目指してウクライナを“反ロシア”に導いている極右ナショナリストだ、と決めつけています。

そのうえで、今回の軍事作戦の目的について、「キエフ政権によって行われた屈辱と大量虐殺に8年間直面している人々を保護すること。この目的のために、私たちはウクライナの非軍事化と非ナチ化を目指し、ロシア連邦市民を含む民間人に対して多数の血なまぐさい罪を犯した人々を裁判にかける」ことだと述べています。

このプーチン氏の発言した内容がフェイクかどうかとか、プーチン氏が精神的におかしくなっているといった報道も多数みられますが、これらの発言が事実かどうかにかかわらず、プーチン氏はこれを公の目的として掲げているという事実を確認する必要があります。ここからロシアの軍事作戦の目標は政権の交代(レジームチェンジ)であり、ウクライナを“反ロシア”化させようとしている勢力の打倒だと考えて間違いないでしょう。

そうすることでウクライナをロシアの勢力下に置く、ここは米国やNATOに支配させない、ということが目的だということが分かります。プーチン大統領は、期間や場所の制限なしにロシア軍を国外に派遣する権限を上院から得ていますから、プーチン氏がこの目的の達成を求める限り、軍事作戦は継続するものと考えるべきでしょう。

また、プーチン氏はこれまでの発言の中で、ウクライナがNATOに加盟するようなことになれば、ウクライナが東部の親露派地域の支配だけでなく、クリミアまで奪還することを恐れていることがわかります。

一度戦争を始めてしまった以上、プーチン大統領が、“反ロシア”として敵視している勢力の打倒に失敗すれば、最終的にはクリミアまで取られてしまうという危機感は、プーチン大統領だけでなく、軍や情報機関のコミュニティ内で共有されているのではないでしょうか。そうだとすれば、ロシアがこの目標を達成せずに引き下がる可能性は低いことが予想されます。

では、こうした前提に立って今後の展開を3つのシナリオで考えてみたいと思います。

今後のシナリオ

【シナリオ①:軍事的な紛争が長期化し、欧米とロシアの「冷戦」が固定化する】

◆ウクライナ政権崩壊しても武装反乱は継続し紛争は長期化

ロシアは、ウクライナの現政権幹部を拘束もしくは殺害して“反ロシア”勢力を打倒する目標を達成するまで必要な軍事作戦を続ける、そのためにプーチン大統領はあらゆる手段を講じてウクライナを攻撃し、激しい戦闘が展開されることが予想されます。

またロシアが作戦通りに現政権を打倒して親露派政権を樹立したとしても、ウクライナの抵抗勢力が武力で反乱を続ける限り、ロシア軍部隊の駐留は継続し、対反乱作戦という形で軍事作戦は継続されることになるでしょう。現政権幹部がポーランドなど隣国に逃れて亡命政権を打ち立て、反乱部隊を指揮するようになれば、なおさら武装反乱は長期間に及ぶことになるでしょう。

親ロシア派住民を除けば、ロシアの占領に抵抗しようとするウクライナ市民の数や抵抗の意志は強いと思われますし、外国からの義勇兵も相当数流入してウクライナの抵抗勢力を支援し続け、欧米諸国を中心に武器や資金面での支援も当面継続されることを考えると、武装反乱活動は続くことが予想され、戦争は長期化、泥沼化する可能性があります。

すでにウクライナからは100万人を超える難民が近隣諸国に脱出したと報じられていますし、今後数か月でウクライナ難民の数は400万人を超える可能性も指摘されています。ウクライナにおける紛争が長期化すれば、こうした難民は母国に帰還することができず、避難生活も長期化。難民を受け入れた国々の経済的な負担も増大し、欧州経済全体に影響を与える可能性があります。

また、ウクライナで反ロシア武装闘争に参戦する義勇兵が世界各地からウクライナと隣接する国々に集まり、国境の町からウクライナに出たり入ったりするようになれば、ポーランドやルーマニア等ウクライナと国境を接する国々の国境付近は、そうした義勇兵やウクライナ軍の“後方支援基地”となり、やがて治安悪化につながる可能性が出てきます。

◆両陣営とも外国人戦闘員を投入し「シリア化」する

ウクライナ政府は、ロシア軍による侵攻を受け、「ロシア軍と戦うこと」を条件に、刑務所に服役中の収容者を釈放しています。こうした収容者たちが難民等に混ざって近隣諸国に脱出することは十分に考えられます。戦場では、精神的な支えとして麻薬を常用する戦闘員が増えることから、麻薬が蔓延したり、戦闘員相手の様々な商売が展開されることになりますので、必然的に犯罪も増加することが予想されます。

また、ロシア軍や諜報機関の工作員が義勇兵やウクライナ軍の“後方支援基地”でスパイ活動だけでなく、暗殺工作や爆弾テロを行うなど、紛争の影響が近隣諸国に及び、治安の悪化につながることは、十分に考えられます。

ちなみに、ウクライナ側だけでなく、ロシア政府も世界各地から「傭兵」をかき集めてウクライナに投入しようとしているようです。ロシア軍の兵士たちも士気が高くないという報道もありますし、戦争が長期化すればマンパワーが足りなくなってきますので、それを補充するためにも、外国から戦闘員を集めてこようというのです。

すでにロシアはシリアのアサド政権に対し、シリア軍兵士やシリア軍傘下の民兵部隊から戦闘員の募集を始めるよう要請しているという情報も出てきています。また、シリア軍の刑務所に収容されている反アサド勢力の民兵やテロリストたちも、「ウクライナで戦う」ことに同意すれば「恩赦」を与えられて傭兵部隊に参加可能にするようですので、ウクライナには両陣営からさまざまな国籍の戦闘員が集められ、「シリア化」が進むことになるかもしれません。

こうした傭兵部隊は、悪名高きロシアの民間軍事会社ワグネル社が訓練するといった話まで出てきており、その場合、ワグネルが活動を展開しているリビア、マリや中央アフリカあたりからアフリカの戦闘員を集めてくる可能性も排除できないでしょう(もっとも中東やアフリカの人たちはもう少し暖かくならないと極寒のウクライナでは使い物にならないと思いますが・・・)。

◆世界の分断固定化と国際関係の複雑化

ロシアによる軍事介入の長期化、泥沼化が進めば、欧米諸国が中心にロシアに対して課す経済制裁は固定化、長期化し、欧米諸国とロシアの関係は、エネルギーなど最低限の取引を除き、断絶されたものになり、かつての「冷戦」時代のような完全な敵対関係になることが予想されます。すでに双方の航空会社が相互の乗り入れを禁止し、双方の領空を飛行出来ないような措置をとっていますが、今後は、かつての冷戦時代のように両陣営の間での人・モノ・カネや情報の流れが遮断され、最低限の交流しかなくなるような事態も想定すべきだと思います。

ただし、その場合でも、中国やイランやインド、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、エジプトなどは、ロシアとの関係を継続する意志を示しておりまして、ロシアが完全に孤立してしまうという見方は正しくありません。欧米や日本の報道だけを見ていると、「世界は反ロシアで結束」しているかのような錯覚を覚えそうですが、先の国連総会でのロシア非難決議に対して中国やインドが棄権しただけでなく、例えば南アジア地域ではネパール以外は皆棄権しており、“中立”の立場を表明しています。

中東やアフリカでも、「賛成」票を投じた国の中にも、サウジアラビアやUAEのように、産油国同士ロシアとの協力関係を維持することを明言している国もあり、こうした姿勢はエジプトやブラジルのような地域大国も同様で、欧米諸国の立場とは一線を画しています。つまり、冷戦時代のように米国陣営かロシア陣営かに世界が二分してしまうのではなく、“両方と付き合う”選択をとれるだけの意志と実力のある国々が各地に誕生しているのです。

欧米を中心とする民主主義陣営と中露を中心とする権威主義陣営という大きな対立のほかに、どちらか一方に完全に組することなく、両陣営との関係を維持する国家群もあり、イシューごとに米国と協力したり、ロシアや中国と組むなど複雑な国際関係になる可能性が高くなるでしょう。

いずれにしても、プーチン大統領が現在掲げている作戦目標を変更する、もしくは取り下げて撤退するなどしない限り、紛争が長期化・泥沼化してしまう可能性は高いと考えられます。

もしウクライナ政府側が抵抗を諦めて降伏し、ウクライナ国民に対して武器を置いてロシアの傀儡政権に従うよう求め、欧米諸国もこの傀儡政権を承認するようなことがあれば、戦争は終息の方向に進むかもしれませんが、その可能性も極めて低そうです。

もしウクライナ政府が降伏したり、政権幹部が拘束されるなどしても、ウクライナ国民の武装抵抗活動は続くことが予想され、過去の内戦の例を挙げるまでもなく、強固な意志を持つ武装反乱勢力の鎮圧には長い時間がかかるため、紛争が長期化・泥沼化してしまう可能性は高いと考えざるを得ません。

【シナリオ②:ロシア軍が撤退し欧米との関係も正常化する】

次のシナリオは、ロシアが戦争目標を達成できずに途中で撤退し、ウクライナが事実上勝利するという状況を考えてみたいと思います。ロシア国内でプーチン大統領の戦争に対する批判や反発がさらに大きくなり、プーチン氏が考えを変える、もしくは暴動や政変などによってプーチン大統領が失脚するということもあり得ないことではないでしょう。このような予測をする専門家も出ています。

理由は何であれ、ロシアが現在の戦争目標を達成しないまま軍事作戦を中止して軍をウクライナから撤退させるようなことがあれば、主要な戦闘は終結するでしょう。ただしその場合でも、ロシアはウクライナ東部2共和国の独立を承認しているため、東部の親露派武装勢力とウクライナ政府の内戦は続く可能性があり、ウクライナの不安定な状況は継続することが予想されます。

また、ロシアが現在の戦争目的を達成しないままで撤退する場合、ウクライナは2014年にロシアに奪われたクリミアを奪還しようとする可能性が高く(これまでもそれを目指してきているため)、ウクライナ東部に加えてクリミアでも紛争が継続する可能性が高いということになります。

この場合は、紛争の規模は今よりは局地的になるため、外国に避難していたウクライナ人たちがキエフなど主要都市に帰還できる可能性が高まり、近隣諸国の不安定化の度合いもそれに応じて小さくなることが予想されますが、この場合でもロシアに対する欧米の制裁が緩和される可能性は低いため、「冷戦状態」は続くことになると考えられます。

仮にロシアが現在の戦争から手を引き、東部の親露派地域の国家承認も取り下げ、クリミアの返還にも応じ、ウクライナがNATOに加盟してロシアとの国境沿いまでNATO軍の脅威が迫ってくることまで認めるという選択をとるのであれば、ロシアに対する制裁が解除され、欧米諸国との関係は正常化することになるでしょう。つまり、ロシアが米国やNATOに対する敵視政策を止めて西側に歩み寄らない限り、欧米諸国との関係が正常化することは見込めないことになります。

こう考えていくと、このシナリオの蓋然性は高くはなく、一度ウクライナに対する戦争を開始してしまった以上、現在の戦争目標を達成せずに中途半端に撤退したとしても、2月23日以前に単純に戻ることにはならないということが分かるでしょう。

たとえプーチン大統領が失脚したとしても、ウクライナ東部の親露派地域だけでなくクリミアも諦め、ウクライナへの影響力を失うことを受け入れる政治指導者がロシアに出てこない限り、ロシア軍が全面徹底して紛争がウクライナ全土で収束し、ロシアと欧米諸国との関係が正常化することにはならないのではないか、と考えられます。

【シナリオ③:戦争がロシアとNATOの間に拡大する】

3つ目にもっとも危険なシナリオを考えてみたいと思います。ロシアとウクライナの現在の戦争がNATO諸国を巻き込む戦争に発展してしまうケースです。

ロシアは今後、民間人を巻き添えにする無差別な攻撃を激化させ、非人道的で残虐な攻撃が続けられることが予想されます。その場合、「さらなる人権侵害を止めるために人道的な介入をすべきだ」といった世論が米国などで盛り上がり、米国などNATO諸国が軍事介入するような事態に発展することもまったく考えられないことではないでしょう。

もしくはNATO加盟国である近隣諸国のいずれかの国をロシアが攻撃した場合には、NATO加盟国は集団防衛の条項があり共同で対処することになるため、ロシアとNATO軍の戦争に発展することになるでしょう。

米国はこうした事態を避けるために、当初から「ウクライナには米軍を送らない。ウクライナでロシアとの戦争には加わらない」ことを繰り返し主張してきました。プーチン大統領は2月27日に、ショイグ国防相、軍参謀総長と協議し、「核戦力を含むロシア軍の戦力を特別態勢にするよう」命令したことが報じられました。

これを受けて3月1日、NATO加盟国であるポーランド、ブルガリアとスロバキアは、ウクライナに戦闘機を供与するという計画を撤回し、人道支援と財政支援にとどめることを発表しました。NATO諸国はロシアとの戦争になることを回避するために、注意しながらウクライナに対する支援をしているのですが、今後そうした慎重姿勢を維持できるのかどうかは分かりません。

すでに大量の武器がNATO諸国からウクライナへ送られることになっていますし、NATO諸国の元軍人などが多数義勇兵としてウクライナ軍の支援に駆けつけていることから、ロシアがそうした外国からの支援を阻止するために近隣諸国へ攻撃する。もしくは国境付近でのロシア軍とウクライナ軍の交戦が近隣諸国にまで波及することも考えられないわけではありません。

いずれにしても、NATO諸国の一か国でもロシアから攻撃を受けた場合、もしくはNATO諸国がウクライナへの軍事介入を決めた場合には、ロシアとNATOの戦争に発展してしまう可能性が高いと言えるでしょう。その場合、米軍を中心としたNATO軍の脅威に対抗するために、プーチン大統領が核戦力の使用を考える可能性は排除できません。

ロシア政府は核兵器の使用についていくつかの条件を設定していますが、その一つは「通常兵器を用いたロシアへの侵略によって国家の存亡の危機に立たされた」と大統領が判断した時となっています。つまり、プーチン大統領が「国家存亡の危機だ」と判断すれば核兵器を使用することができることになっています。

ロシアがNATO諸国と戦争する事態になった場合、最終的には核戦争にまで発展する危険性があるということを認識すべきでしょう。

このように今後の展開を考えていくと、戦争が短期間に終結する、もしくはロシアと欧米諸国の関係が戦争前の状態に戻る可能性は非常に低く、ロシアが戦争目標である現在のウクライナの政権の打倒に向けて突き進み、欧米諸国が支援するウクライナ軍や外国人義勇兵とロシア軍の戦争が長期にわたって続く「シナリオ①」の可能性がもっとも高いと考えられます。

「シナリオ②」になるかどうかは、ロシアが戦争目標を取り下げて撤退し、ウクライナ東部もクリミアも諦めて米国やNATOに対する敵視政策をやめる状況になる場合のみでしょう。

「シナリオ③」になるトリガーは、ロシアとNATO諸国が戦争になるような事態、すなわちNATO加盟国が一か国でもロシアによる攻撃を受けた場合や、理由は何であれNATO諸国がウクライナへの参戦を決定してロシアと戦争状態に入った時だと考えられます。

もちろん、ここで挙げたシナリオ以外の展開になることも十分考えられますが、今回のロシアによるウクライナ侵攻が、国際関係、国際秩序を長期にわたって大きく変えてしまうインパクトのある出来事だという認識を持ち、今後世界が進む方向を予測しながら、自分たちの安全をどう確保していくべきなのかを真剣に考える必要があります。

引き続き、この問題を注意深く追っていきたいと思います。

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