4月6日からオーストリアの首都ウィーンで、“米国とイランがイラン核合意に復帰するためにどうするか”を話し合う多国間協議が行われています。
バイデン政権が誕生してから、イランは「トランプ政権が科した制裁をすべて解除せよ。そうすればイランは核合意違反行為をやめて合意履行に戻る」と主張。一方のバイデン政権は、「イランが違反行為をやめて合意履行に戻れば、米国も核合意に復帰する」と言って対立し、交渉はなかなかスタートしませんでした。
しびれを切らして動き出したのはバイデン政権でした。4月2日、米国務省イラン担当特使のロバート・マレー氏がテレビとのインタビューの中で、米国は「核合意と矛盾している制裁については取り除く必要がある。もしイランが核合意の違反行為をやめて履行に戻るステップをとる準備があるのであればだが…」と述べたのです。
「核合意と矛盾している制裁について取り除く」?これは大きなステップだと思いました。これまでの主張を後退させてバイデン政権が制裁解除に前向きな姿勢を初めて見せた瞬間です。
それでもイランは、米国と同席することを拒否していますので、英仏独の欧州3か国、中国、ロシアとイランの核合意当事国だけが同じ会場で協議し、その近くに米国の代表団が陣取って間接的に協議を行うことになったのです。
4月6日、ウィーンのグランド・ホテルに米国を除く核合意当事国の代表が集結し、マレーをはじめとする米政府の代表団はその向かいのホテルに陣取って間接交渉が行われました。この日、関係国は2つの専門部会を設置することで合意。一つは“米国が解除すべき制裁について協議”し、もう一つは“イランが停止すべき核合意の違反措置について協議”し、米・イランが核合意に復帰するためのロードマップを策定することになったのです。
翌日ロウハニ大統領は、「ここ数日間で我々はJCPOA(核合意)復活の新しい章を目撃している」と述べました。間接協議は順調なスタートを切ったのです。
すると、各地で不穏な動きが起きるようになります。ウィーンで核協議が開始された4月6日、紅海のジプチ沖に停泊中のイランの貨物船サビズに取り付けられた吸着爆弾が爆発する事件が発生。イラン政府は当初「マイナーなダメージだった」としか発表しなかったのですが、実はこの船は、イラン革命防衛隊が情報収集、偵察や武器支援のためのロジスティックス基地として使っていた“洋上の軍事基地”であり、商船ではなく軍用の艦船だったことが分かってきました。
しかも、「マイナーなダメージ」どころか、爆発によりエンジンルームは浸水し、他の損傷も激しく、沈没していても不思議ではないほど大きな被害が発生していたというのです。AP通信は、この洋上基地が使用不能になったことで、イランは、紅海やイエメン周辺に戦力を投射するための重要な軍事拠点の一つを失ったと報じました。
こんなことをする“能力”と“意図”の両方を持っているのは、イスラエルくらいしかありません。
4月7日、イスラエルのネタニヤフ首相は、「イランとの合意はわれわれに破壊的な脅威を与える兵器、核兵器をイランが保有することに道を開くものだ。我々はいかなる形でもこのような合意に縛られることはない。我々にとっての唯一の義務は、我々を破壊しようとするものがそれを実行しようとすることを妨げることだけだ」と述べています。“核合意なんて関係ない。我々はイランの脅威に独力で立ち向かう”と宣言していたのです。
そして4月11日、もっとすごい事件が起きました。イラン中部のウラン濃縮施設ナタンズで大規模な爆発があり、核施設の地下に設置された遠心分離機に電源を供給するシステムが爆発で完全に破壊されたというのです。米メディアはイスラエルの犯行を示唆し、イスラエルのメディアからも同じような報道が流れました。イスラエル情報機関は、あちらこちらにリークして自分たちがやったことを広めているようでした。
しかも、いつもは慎重なイランが、すぐに“イスラエルによる核テロ”だとの見解を出しました。
実はこの攻撃が起きた日、バイデン政権のオースティン国防長官がイスラエルを訪問していました。米国とイスラエルは、過去に共同でイランの核施設を破壊する工作を行ったことがあるので、当然イランは今回も米国の関与を疑い、「こんな風に圧力をかけてくるのであれば核協議を続ける気はない」と怒って核協議をボイコットする可能性がありました。実際イスラエルはそれを狙ったのでしょう。
しかしバイデン政権はすぐに「米国はこの事件に一切関係していない」と関与を全否定。またイランのザリフ外相も、イスラエルを非難しながらも、「(この攻撃に抗議して)イランが米国との交渉をやめるという罠には落ちない」と述べました。ここで交渉から撤退すればイスラエルの思う壺だということを理解しているのでしょう。
イスラエルの“妨害”にもかかわらず、米・イランの間接協議は続けられており、しかも4月22日時点でさらなる進展が報告されています。
イスラエルは今後もイランの核施設や軍事施設に攻撃を仕掛ける可能性が高く、イランも何らかの報復をする可能性があります。核協議が続く間、その妨害を狙う破壊工作のリスクも高まることに注意が必要です。
画像:Shutterstock