米露首脳会談をどう見るか?

コラム
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今回は、6月16日に行われた米国のバイデン大統領と、ロシアのプーチン大統領の首脳会談について考えてみたいと思います。これは、バイデン氏が大統領に就任してから初めて対面でプーチン大統領と行った会談で、バイデン大統領が呼びかけて実現したものです。

米露関係は近年最低レベルにまで悪化しており、民主主義陣営の結束を強めるバイデン政権は、中国やロシアのような権威主義勢力に対する批判を強めていましたので、同政権がロシアに対してどんなアプローチで臨むのか、非常に注目された会談でした。

会談は休憩をはさんで3時間半ほどで終了。会談後の共同記者会見も開かれず、次の短い共同声明文が発表されただけでした。

「バイデン米大統領とロシアのプーチン大統領は、米ロ両国は緊張関係にある時期においても、戦略的分野における予測可能性を確保し、武力衝突の危険性や核戦争の脅威を低減させるという共通の目標に向けて前進することができると示したことに留意する。」

「最近の新戦略兵器削減条約(新START)の延長は、核軍備管理に向けたわれわれの責務を示したものだ。核戦争に勝者はなく、決して行われてはならないという原則を今日、われわれは再確認する。これらの目標に合致するように、米ロ両国は近い将来に、周到で確固とした、総合的な『戦略的安定対話』に着手する。この対話を通じて、われわれは将来の軍備管理とリスク軽減措置に向けた基礎づくりをする(6月17日『共同通信』)」。

米露両国はまた、一時帰国させている大使を戻し、ロシア外務省と米国務省の間の外交的な協力関係を再開させるための協議に着手することにも合意しました。

両首脳による共同記者会見もなく、短い共同声明のみで華々しい成果がないように見えることから、この米露首脳会談に対する評価は分かれたようです。「米露修復道険し(『読売新聞』」などの見出しにあるように、関係の修復に至らず成果は乏しかったとする見方をする識者も多いようです。

私は、この首脳会談は大成功であり、特にバイデン政権にとっては、狙い通りの成果のあった会談だったと考えています。会談後、バイデン、プーチン両氏が個別に記者会見を行いました。プーチン大統領は、「敵対的ではなく建設的だった」と述べ、「多くの問題で立場は異なるものの、互いを理解し接点を見つけようとの思いがあった」と述べて会談を評価しました。

またバイデン大統領も、この会談が「グッド、アンド、ポジティブ」だったと述べています。米政府高官の説明によれば、この会談の米政府側の目的の一つは、「米国や米露両国の利益を促進するために実際にロシアと協力できる領域を特定すること」だったようです。

両首脳のコメントや公表された合意内容をみる限り、この目的は達成されたと考えてよさそうです。米露間で認識を共有し、一定の合意に至ることができた分野の一つが、共同声明で触れられた「戦略的安定」の問題です。

プーチン大統領は記者会見で次のように述べています。

「米国とロシアはグローバルな戦略的安定に対して特別な責任を持っている。少なくとも一つの理由は、保有する弾薬、弾頭の量、それらの運搬手段の数、核兵器の洗練さのレベルや質といった観点から、我々が世界の2大核大国であるという点である。我々は共にこの責任を認識している。

バイデン大統領が責任のある、またタイムリーな決断を下し、新START条約を2024年まで5年間延長したことは、誰の目にも明らかな通りこの責任を認識していることの表れだと思う。もちろん、次のステップをどうするのかについて議論するのは自然の流れだ。我々は米国務省と露外務省の責任の下で省庁横断的な協議を開始することで合意した」。

米露両国は、世界の核大国同士、グローバルな安全保障に責任を持ち、武力衝突の危険性や核戦争の脅威を低減させるために、外交官だけでなく軍の専門家も交えた戦略的安定対話を立ち上げることに合意し、継続的に軍備管理のための協議を行うことになったのです。

「中国の入らない軍備管理の枠組みは無意味」という意見もあるようですが、私はそうは考えていません。国際秩序をめぐる中国との長期的な競争を戦う上で、バイデン政権は民主主義陣営の結束を強化して権威主義国家である中国に対する圧力を強めています。この大きな流れの中では、中国とロシアが同じ権威主義勢力として対米共闘を進めるのも自然な流れになってしまうでしょう。

しかし、米国にとって中露が連携して対抗策を繰り出してくることは非常に厄介であり、可能な限りそうした流れを遮断することが、バイデン政権にとっては極めて重要なはずです。

バイデン政権で国家安全保障会議(NSC)ロシア・中央アジア担当上級部長に指名されたアンドレア・ケンドール・テイラーは、共和党国際研究所のデヴィッド・シュルマンと外交評論誌『フォーリン・アフェアーズ』に、「中ロ離間戦略を -対ロエンゲージメントのポテンシャル」という論文を発表しています。ここで提言されているプランこそ、バイデン政権が現在とっている対露戦略の基本ではないか、と私は考えています。

ケンドール・テイラーとシュルマンはこの論文で、「ワシントンにとって、明らかに異なるこれら2つの敵対国に立ち向かっていくのは容易ではない。必然的にその関心、能力、資源は分割される」と述べ、中露2国を同時に敵に回すことのリスクを指摘しています。

「両国の利益の重なり合い、軍事力その他の領域での能力の相互補完性は、アメリカのパワーに対する両国の脅威をたんなる足し算以上に大きくする」からです。

中国とロシアは固い絆で結ばれているというわけではなく、利益が衝突したり競合する領域もあり、当然摩擦もあります。しかし米国が中露を「現状変更勢力」だと一体とみなして敵対的な姿勢をとれば、中露は対米共闘を強める方向にどんどん進んでしまうでしょう。それを避け、「両国間に小さなくさびを打ち込めば、協力の範囲を制限する摩擦と不信を作り出せる」と両氏は述べているのです。

つまり米露2国間で協議、協力できる領域を増やすことで、中露協力の範囲を制限することが、バイデン政権の戦略目標なのだと考えられます。米露両国は今回の会談で、アフガニスタン、シリア、イラン核問題、国際テロの問題についても協議し、サイバー安全保障問題についても多くの時間を割いて討議したと伝えられています。こうした様々な問題について協議できる関係に戻したことは、バイデン政権にとって非常にプラスだと言えるでしょう。

バイデン大統領は、エネルギーや水道など、攻撃が許容されない重要インフラ16項目のリストをロシア側に示し、こうした重要インフラに対する攻撃が仕掛けられた場合には対抗措置をとることも明確にした、という点も大きく報じられています。ですが、この点も報道されている点は極めてミスリーディングではないか、と私は考えています。

こうしたクリティカルなインフラが攻撃されれば対抗措置をとる、これは本来国家として当然です。それについて改めて言及したということは、別の言い方をすれば、ここまでやられなければ米国はロシアを攻撃しないという意味であり、バイデン政権が「米国側からロシアに敵対的な攻撃を仕掛けることはない」と伝えたことを意味しているのではないか、と私は思っています。

これは二国間の歴史を振り返り、圧倒的に米国からロシアに対してさまざまな敵対的な攻撃を仕掛けてきた事実を思い返してみれば、その重要性を理解できるのではないでしょうか。

バイデン大統領は記者会見で次のように述べています。「私はプーチン大統領に、私のアジェンダはロシアやその他の国と敵対することではなく、アメリカ人を守ることなのだと伝えた。新型コロナと戦い、我々の経済を再建し、世界中の同盟国や友好国との関係を再構築し、我々の国民を守ること。それが大統領としての私の責務だからだ、と伝えた」と。

「人権問題は常に議題にしていくが、それは人権侵害の問題でロシアを非難するためではなく、そうすることが米国人たる所以だからだ。人権侵害に対して声を上げないでいてどうやって米国の大統領でいられるのか?」

バイデン大統領はこのように述べています。つまり、これからも人権とか民主主義の問題でロシアを非難することがあるが、それはロシアに対して敵対しようとか、ロシア政府を転覆させようとしているわけではないのだ、ということを明確にしたのです。

「プーチン大統領と私は、2つのパワフルで誇り高い国家間の関係を管理するという特別な責任を共有した。この関係とは、安定し予測可能なものでなくてはならない」というバイデン大統領の言葉も重要だとみています。

バイデン大統領は終始ロシアを対等な国家として扱いました。冒頭の発言でも「Two great powers」と述べた点が非常に印象的でした。これはかつてオバマ大統領が「a regional power」、単なる地域大国と蔑んだ表現をしたのとは対照的です。

「安定し予測可能な」という表現も興味深いです。プーチン大統領はこの首脳会談の直前の6月11日に、米NBCとのロング・インタビューに答えています。米国のテレビとのインタビューは実に3年ぶりのことです。

この中でプーチン大統領は、米露関係が過去数年間で最低レベルまで悪化している現状から、一気に関係改善できるなどとは考えておらず、そうした関係にあっても相互に利益となる領域をみつけ、協力できる部分で協力することは相互にプラスであり効率的だと述べています。

そしてバイデン大統領が新START条約の延長に合意したことや今回の首脳会談を呼びかけたことを評価。バイデン大統領がロシアとの「予測可能で安定した関係」を望んでいると発言したことを受けて、「安定」と「予測可能性」の2つは、「国際関係においてもっとも重要な価値である」と述べています。「The most important value in international affairs is predictability and stability」とプーチン氏は繰り返し述べていたのです。

プーチン大統領は、米国が基本的にロシアを敵視する政策をとっていること、米国内にロシアを敵視する有力な支配層がいることから、米国の政治家が時折反露的な発言をしたり、米メディアがプーチン氏を個人攻撃したりする背景を理解しているとしたうえで、そうした雑音は気にしていないことを示唆しています。

プーチン大統領はこれまで、常に西側からの様々な攻撃-NATOの東方拡大、カラー革命やNGOを通じた反体制運動の焚きつけ、各種謀略戦-を受けてきたと認識しています。そして、それに対抗するためにロシアという国家の防衛のために戦ってきた、と考えているはずです。ですから、米国の新しい政権が、ロシアに敵対的な行動を仕掛ける意図を持っているのかどうかを知ることは重要なはずです。

だからこそ、バイデン大統領がロシアとの安定的で予測可能な関係を望んでいることを評価し、ロシア側もそうした対米関係を望んでいることを、首脳会談前に明確にしていたのです。このように、事前に相互にシグナルを送り合い、事務方が事前に綿密に調整をしたうえで、首脳会談は進められたのだと考えていいでしょう。

お互いに外交のプロフェッショナル同士、直接会って確認すべきポイントを確認できたので、会談は予定より早く順調に進んだのだと私は考えています。

バイデン大統領は、会談後の記者会見で、「我々はロシアとどのように付き合っていくのか、米露関係をどのように管理していくのかに関する明確な基盤を築くことができた」と述べています。この言葉の通りなのだと思います。バイデン政権は狙い通りの対露関係の構築に向け、順調なスタートを切ったのです。

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