【用語解説】ハイブリッド戦争とは何か?

ハイブリッド戦争 コラム
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「ハイブリッド戦争」という言葉をご存知でしょうか。2014年にロシアがウクライナ領・クリミア半島を併合したいわゆる「クリミア危機」を契機に、近年、深刻な安全保障上の脅威として注目が集まっています。どういった言葉なのか、事例も交えて本コラムで解説します。

「ハイブリッド戦争」とは何か?

専門家によって定義に多少の差はありますが、「ハイブリッド戦争」とは「政治的目的を達成するために、軍事的手段やその他の様々な手段を組み合わせた現状変更の手法」と言えます。

「戦争」という言葉を聞いて、国家の軍隊が戦車や戦闘機を使用し、銃弾やミサイルを打ち合うイメージをされる方が多いかもしれません。しかし、「ハイブリッド戦争」では、この様な軍隊と軍隊が対峙するいわゆる「正規戦」に限りません。テロや犯罪行為、サイバー攻撃、フェイクニュースなどを用いた「戦い」から、政治や外交、経済、金融といった、一見戦争と関わりの無さそうに見える分野での「戦い」も含まれます。

「戦い」に参加するアクター、そして「戦い」で用いられる手段が多様に組合わされていることに特徴づけることができます。まさに、「ハイブリッド(異種のものの組み合わせ)」という名を冠する通りの戦争と言って過言ではないでしょう。

「ハイブリッド戦争」の事例 ― ロシアによるクリミア侵攻

では、「ハイブリッド戦争」の具体的な事例として、冒頭で紹介した「クリミア危機」を見ていきます。

「クリミア危機」については、国際的にウクライナ領とされているクリミア半島をロシアが違法に併合した事例であるということをご存知の方は多いかもしれません。この事例は、武力を用いて主権を侵害し、領土を拡張したということ自体も非常に衝撃的ではありましたが、ここで用いられた手法が「ハイブリッド戦争」であったとして注目を集めました。

ロシアは、クリミア半島の併合に際して、ウクライナとの国境付近に軍隊を集結させ圧力をかけ、さらには経済封鎖の実施やフェイクニュース・プロパガンダの流布を行うなど、心理面・情報面での攻撃を加えました。そこに、覆面で徽章もない武装兵士を展開し、行政府や議会を占拠することで政治機能を奪取しました。そして、半強制的な形で、クリミア半島のウクライナからの独立とロシアへの併合の可否を問う「住民投票」を実施し、圧倒的多数が賛成したとして、ロシア・プーチン大統領がクリミア半島の併合を宣言し、今に至ります。

もちろん、当事国であるウクライナをはじめ、西側諸国などの多くの国はこれに対し、明確な違法行為であるとして非難しており、併合を認めていませんが、これらの批判に対しロシアは、ウクライナで弾圧されていたロシア系住民を守るための「自国民保護」であったという主張をしており、また、国際法違反であるという指摘に対しては、欧米諸国がコソボの独立承認の際に、自ら定めた原則と矛盾した「ダブル・スタンダード」的な政策をとったことを引き合いに出し正当性を主張しています。

このことから分かる通り、様々なアクターが参加し、軍事・非軍事問わず様々な手法を利用した、まさに「ハイブリッド戦争」であったことが分かると思います。また、クリミア半島の占領から併合までの一連の流れは、1ヶ月という僅かな期間で迅速かつ円滑に行われ、さらには少数の衝突を除いてほとんど死者を出さない形で遂行されました。国際社会は、「ハイブリッド戦争」を大きな脅威として認識し、強い衝撃を受けたのです。

「ハイブリッド戦争」は新しい手法ではない

「クリミア危機」で世界的な注目を集めた「ハイブリッド戦争」ですが、近年生み出された新しい手法ではないので注意が必要です。「ハイブリッド戦争」という概念自体は、2000年代には既に提唱されており、「超限戦」や「第4世代戦争」など類似した概念も古くから存在しています。

また、多くの専門家が指摘していますが、多様なアクターと多様な手段が用いられているという点においては、ほぼ全ての戦争が当てはまり、古代の戦争まで「ハイブリッド戦争」として遡ることができます。さらには、「ハイブリッド戦争」のカバーする範囲が非常に広いこともあり、国家の一挙手一投足に「ハイブリッド戦争」のラベルを貼る論調もあります。この様に、「ハイブリッド戦争」という言葉が先行し、バズワードの様に利用されていることにも注意が必要です。

しかしながら、「ハイブリッド戦争」は、今後も注視が必要な概念であるということに変わりありません。特に最近は、グローバル化や技術の発展などによって、戦争に関わるアクターと手段の多様化が進んでいます。そして、「ハイブリッド戦争」が多様なアクターと手段の組み合わせで成り立つ以上、より多くの手段とアクターの参入が進めば、分野を横断した新領域の誕生も進んでいくと思われます。

「ハイブリッド戦争」が全く新たに登場したのではなく、戦争の「ハイブリッド」化が加速していると捉えることができるでしょう。今後も「ハイブリッド戦争」に注目していくことが必要です。


参考文献

・Williamson Murray and Peter R. Mansoor eds., Hybrid Warfare: Fighting Complex Opponents from the Ancient World to the Present, Cambridge University Press, 2013.

・喬良、王湘穂『超限戦 :21世紀の「新しい戦争」』(KADOKAWA、2020年)

・小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房、2021年)

・小泉悠「ウクライナ危機にみるロシアの介入戦略 :ハイブリッド戦略とは何か」『国際問題』 No.658(2017年)、38–49頁。

・廣瀬陽子『ハイブリッド戦争:ロシアの新しい国家戦略』(講談社、2021年)

・廣瀬陽子『未承認国家と覇権なき世界』(NHK出版、2014年)

・渡部悦和、佐々木孝博『現代戦争論―超「超限戦」:これが21世紀の戦いだ』(ワニ・プラス、2020年)


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