6月18日にイランで大統領選挙が実施され、“保守強硬派”と言われるイスラム法学者のイブラヒム・ライシ司法府代表が当選を決めました。今回はイランで保守強硬派大統領が誕生した意味について考えてみたいと思います。
史上もっとも支持の低い大統領
今回の選挙は、立候補を届け出た592人のうちわずか7人しか出馬が認められず、しかもいわゆる“改革派”とみられる候補は全員失格。“保守穏健派”のロウハニ現大統領の後継者と目されたアリ・ラリジャニ前国会議長も失格となるなど、当初から「ライシ師を当選させるためのイベント」の様相を呈していました。
そんな“茶番”に嫌気がさしたのか、多くのイラン国民が投票をボイコットしたようであり、投票率は公式発表でも48.8%と史上最低を記録しています。実際には36%程度ではないか、とも言われており、ライシ師はその6割強しか得票できていないので、史上もっとも国民の支持の低い大統領としてスタートすることになりそうです。
実質的には「ハメネイ政権」?
ライシ師は、「超保守的」と評されるように、イランの政治勢力地図においては「保守強硬派」と呼ばれるグループに属しています。同師は、1960年生まれで中部コムの神学校で学んだイスラム法学者です。イラン革命後の81年に検事に就任し、検事総長などを歴任したという主に司法の世界のバックグランドを持っている人です。
ライシ師は、欧米のメディアでは80年代に「5,000人」とも言われる多数の反体制派の処刑に関与したと言われていて、トランプ前政権時代に米政府が同師を制裁対象に指定しています。この反体制派粛清については、国連が改めて調査するなどといった情報も出ていまして、今後欧米諸国とイランの関係悪化の原因になる可能性があります。
ライシ師は2016年にはイラン北東部マシャドというシーア派教徒の巡礼地の一つであるエマーム・レザー廟を管理する財団の会長に任命され、同財団が運営する広範な資産やビジネスを管理する仕事を経験しています。
2017年には大統領選挙に出馬していますが、この時は現大統領のロウハニ氏に敗北しています。その後、2019年3月に司法府代表に任命されていて、同年には「専門家会議」というイラン最高指導者を選出する重要な機関の副議長という要職にも任命されています。
このようにライシ師の経歴をみてみると、検事総長から財団会長や専門家会議副議長まで、同氏の出世はすべてハメネイ最高指導者の力によるものであり、ライシ師はハメネイ師が育ててきた弟子のような存在だということが分かります。
82歳と高齢のハメネイ師は、自身の後継者としてライシ師(60歳)を希望しているとも噂されていますが、いずれにしても、ハメネイ師の権威や権力に挑戦することのない初めての「ハメネイ政権」が誕生することになりそうです。
体制存続のための政治制度変更
今回の大統領選挙では、投票率の低下も覚悟で、最高指導者のハメネイ師が強引にライシ師を大統領につけた印象が強いですが、そうまでしてハメネイ師がライシ師を大統領にさせたがったのはなぜでしょうか?
これについて、国際危機グループ(ICG)のイラン担当ディレクターで、バイデン政権とも近いアリ・ヴァエズ氏が興味深い分析を発表しています。
同氏によれば、ハメネイ師は現行の直接選挙で大統領が選出される制度から、国会が選出する首相が行政府を取り仕切る制度に大掛かりな政治制度の変更を考えていて、そのためにも、自身に絶対抵抗しない大統領を必要としているというのです。
直接選挙で選出される大統領の権威と権力は、常に最高指導者を脅かしてきたため、ハメネイ師は、自身亡き後もファミリーの権威や権力を保証するために、制度変更を検討しているのだそうです。
今回の選挙の強引な手法や投票率の低さから明らかなように、すでに人口の6割以上がイラン革命後生まれという現代のイランにおいて、聖職者が統治する独特な政治体制を維持していくのは容易ではありませんし、今後ますます困難になるでしょう。
ハメネイ師が軍や司法、議会から大統領まですべて保守強硬派で固め、体制堅持のために政治制度の大掛かりな変更に取り掛かかろうとしているという説には説得力がある、と筆者も思っています。
「すでに賞味期限が切れて、綻びのみられる革命体制を何とか維持するために、最高指導者が強引に弟子を大統領につけ、体制存続のために政治制度変更の準備をした」…。後世の歴史家は、今回のイラン大統領選挙をこのように解説することになるかもしれません。
では、保守強硬派のライシ師が大統領になることで、米・イラン核協議はどうなるのでしょうか?次回はその辺りについて考えてみたいと思います。
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