米軍のアフガニスタンからの撤退が急ピッチで進められています。8月末までにすべての米軍部隊の撤退を完了させることになっていますが、予想通り、タリバンの攻勢が各地で激しさを増しています。今回は、米軍のアフガン撤退の影響や今後の注目点について考えてみたいと思います。
アフガン撤退について「ブレない」バイデン大統領
米国は、7月2日にアフガニスタン駐留米軍にとって最大の拠点だったバグラム空軍基地から最後の米軍戦闘部隊を撤収させました。これにより、首都カブールの米国大使館の警備と、カブール国際空港の警備のための部隊650名ほどが残されるだけになったようです。
7月20日には、首都カブール中心部にある大統領府でガニ大統領ら政府高官が出席してイスラム教の礼拝が開かれている最中に、ロケット弾が少なくとも3発付近に着弾するなど、不安定化がカブールまで広がっている様子が伝えられています。
メディアは連日、米軍撤退にともないタリバンが進撃を進め、次々に地方都市を支配下においていること、タリバンの攻勢を前にアフガン兵1000名が国境を越えてタジキスタンに逃亡したこと、米軍司令官が内戦の危機を懸念していること等を報じています。
米軍撤退後のアフガン情勢の不安定化に関する懸念が強まり、バイデン大統領の米軍全面撤退決定の是非を問う報道が増えていることに対し、7月8日にバイデン大統領がホワイトハウスでスピーチを行いました。
このスピーチでバイデン大統領は、4月に撤退発表をした際のロジックを繰り返し説明し、まったくブレはありません。
バイデン氏は、2001年に911テロを受けて開始されたこの軍事作戦のそもそもの目標について再度説明しています。要するに、このテロを引き起こした国際テロ組織アルカイダを弱体化させ、国際テロリストたちがアフガニスタンを拠点に再び米国にテロを仕掛けることが出来ないようにすること、この2つが目標でした。
一つ目の目標は、2011年5月にオサマ・ビン・ラディンを殺害したことで達成し、二つ目の目標も、すでにかなり以前から、国際テロリストたちがアフガニスタンを拠点にして米国を攻撃することができなくなっている事実から、すでに達成している、とバイデン氏は述べています。ここで重要なのは、“アフガニスタンを拠点に米国本土にテロを仕掛けるような能力を現在のアルカイダが持っているのか”という点です。
確かにアフガニスタンで活動するアルカイダやイスラム国(IS)等の過激派が、そこで米国本土へのテロ攻撃を計画し、実行させる能力があるかと問われれば、その可能性は非常に低いというバイデン大統領の指摘は正しいと思います。
バイデン大統領は、軍事作戦の目標を達成している以上、作戦は終了するのが筋だ、と述べているのです。メディアや評論家たちは、アフガニスタンの今後の不安定化や、アフガン政府が転覆するリスクなどを強調して、米軍撤退の是非を論じています。
しかし、バイデン大統領の説明をよく聞いてみれば、「そもそもアフガニスタンの国造り支援や民主化や安定化のために米軍が派遣されたわけではないのだ」と言っているのです。アフガニスタンを引き続き支援するために外交的、経済的な努力は続けるとバイデン大統領は言っていますが、それは米軍の役割ではないというのが米軍撤退の基本的なロジックです。
また、テロの脅威はすでにアジア、中東、アフリカに分散していて、対テロ作戦の文脈で考えたとしても、アフガニスタンにだけ米軍を駐留させる戦略的合理性はないのだ、とバイデン氏は言っています。確かに2001年の頃は、主たる国際テロリストたちがアフガニスタンに集結していましたが、今は当時とは状況が全く異なる、というバイデン大統領の説明には一定の説得力があると言えるでしょう。
中国が新たに抱える“負担”
さらにアフガニスタンから撤退させた後、米軍の軍事力を、現在の脅威である中国との戦略的競争のために使う。2001年当時の脅威ではなく、現在や将来の脅威に合わせて軍事力の再配備をするべき、というのもバイデン大統領の一貫したロジックです。7月8日のスピーチでもバイデン大統領は重ねてこの点を強調していました。
またバイデン氏は、このスピーチの後半で、今後のアフガニスタンの安定のためには、近隣諸国がより重要な役割を果たすべきだ、と述べています。
「アフガニスタンの平和的な解決を支援するために、この地域の国々が本質的に重要な役割を果たすべきなのである…」。
バイデン大統領はこのように述べていますが、実際に米軍の撤退が現実になったことで、最近近隣諸国の仲介外交が活発になっています。
7月7日と8日に、アフガン政府とタリバンの代表者はイランの招待でテヘランを訪問し、和平交渉を行いました。また、7月6日にはタリバンの代表がロシアを訪問し、「タリバンは隣国のタジキスタンを攻撃する意図はなく、アフガニスタンから隣国に攻撃を仕掛けることもない」と確約しています。アフガニスタンからの難民の流入と共に、過激派やテロリストの侵入を懸念するタジキスタンの要請を受けて、ロシアは同国への対テロ支援を強化する予定です。
アフガニスタンが内戦に陥り、過激なイスラム主義が中央アジアに広がることは、ロシアにとって大きな脅威です。ロシアにとって、タリバンがアフガニスタンを安定的に統治できるのであれば許容できるでしょうが、アルカイダやイスラム国(IS)のようなテロ組織を匿ったり野放しにすることは受け入れられないでしょう。
同じように、同国の不安定化を懸念する中国もアフガニスタンへの関与を強めています。7月16日に中国の習近平国家主席は、ガニ大統領と電話会談し、「アフガンの早期の秩序回復を中国が支持し、建設的な役割を発揮したい」と伝えたことが明らかになっています。
中国はアフガニスタンが混乱することで、国境を接する新疆ウイグル自治区にイスラム過激派のテロ活動が波及することを警戒しているのでしょう。
本コラムの4月27日付「バイデン政権『アフガン駐留米軍撤退』を決めた国際政治上の計算とは?」で筆者は、「バイデン政権は、“アフガンが不安定化し、イスラム過激主義のリスクが拡大したとしても、それは中国やロシアにとってより深刻な脅威になる”と計算している」、「バイデン政権は、“アフガン安定化から手を引くことで、戦略的競争相手である中国やロシアの負担が大きくなればいい”、とさえ考えているのだと思います」と指摘しました。
バイデン大統領の7月8日のスピーチから、こうした米国の“戦略的計算”がますます明確になってきているように思えます。
読者の中には、“これまでの米国の投資が無駄になってしまい、ロシアや中国の影響力が強まるのでは”と懸念する人も多いと思います。確かにこれまでの投資の多くは無駄になるかもしれませんが、“損切り”というか、さらなる無駄をなくすという考えだと思います。
今後、ロシアや中国、イランやインドなどが関与していくことになると思いますが、アフガニスタンをめぐるこうした地域アクターの利害は簡単に一致するものではありません。彼らの影響力が強まるというよりは、彼らの負担が増え、米国の負担が軽くなればいいと判断しているのでしょう。
“アフガニスタン安定化”という非常に厄介で面倒な問題を、米国は中国やロシアに押しつけたという見方もできるのではないかと思います。
今後さらにタリバンの勢力は拡大していくと思いますが、アフガニスタンが不安定化し、内戦になることを防ぐために、周辺国の関与が重要になっていくでしょう。そしてその中でも中国がどのような動きを見せてくるのか、中国にとってアフガニスタンがどのくらい大きな負担になっていくのかに注目していきたいと思います。
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